小学生から不登校で大丈夫?~番外編「不登校という考え方を手放して…」~

今回は、流山シューレにお子さんが通っているお母さんに、「小学生から不登校で大丈夫?」のテーマで、書いてもらいました。

4人のお子さん全員が、公立の学校には通わずに自由な場所で育ってきたご家庭です。

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 多様な学びの機会を保障しようという法律ができてから、不登校の家庭の毎朝の景色が変わったそうです。

私の子ども達は4人とも小学校にあまり行かなかったので、不登校のご相談を受けることも多くありました。

あるお父さんは、仕事もあり、子どもは学校に行きたがらず、通勤中に学校から電話をもらう…。そんな毎日に「発狂しそうだ」と言いました。

鬱になってしまったお母さんも、家庭内暴力に発展した男の子と、そのお母さんの涙も印象に残っています。

私達より前の世代はもっと大変だったと聞きました。そしてさらに、登校拒否と呼ばれていた頃は大変だったことでしょう。

 

 

*家の子の場合

私の産んだ4番目の子どもになるうちの息子は、お兄ちゃん達が小学校に行っていなかったので、学校からも親戚からも「学校に行きなさい」「どうして学校に来ないんだ」「どうして学校に行かないの?」といった問いかけをあまりされずに来ました。

長男は、就学時健診と入学式を体験して、「小学校にはお友達もいるし広い校庭があるけど、自分で使える時間が少ないね。」と言いました。

そして、「僕は小学校に入る時、自分を壊れたロボットのように感じるんだ」と言いました。

私は自分が小学1年生の時にそんなことを考えただろうかと、すっかり感心してしまったのです。

 

彼が育った保育園は、モンテッソーリの教育思想を学んだ先生方のいる里山の保育園でした。子どもたちがそれぞれにじっくりと遊び込む時間を大切にしてくれていました。

一斉保育の言葉を聞いたことがありますが、彼が育ったのは、そのような画一的な保育ではなかったのです。

私は子ども達の成長にとても満足していましたので、小学校もそのような小学校があったらいいなぁと思っていました。自分が小学生だった頃どうだったかと言うことはすっかり忘れていて、教育について関心を持って学び始めました。

そして、親の教育への関心から、長男の就学前に自由教育について本を読んだり、研修に参加したり、現場を見学する機会もいただきました。

 

 

 

*日本の学校って…

いろいろ学んで疑問に思ったのは、日本の教育と世界の教育がなぜこのように違うのかと言うことでした。

そこには良いと思えることも、残念に思えることもありました。

 

例えば産業革命の後、欧米では、学校は労働者を生産する場所として作られたという印象です。資産階級の子どもたちが通う寄宿舎付きの学校と、労働者の学ぶ学校はちょっと違っていました。

ところがその頃日本では、寺子屋や藩校があり、論語と算盤(そろばん)といったような学びと育ちがあったわけです。

そして世界戦争に向かう国々で、学校教育も変わっていき、戦争が終わってまた変わっていったという歴史がありました。

教育問題と学校制度の問題を、分けて考えた方がすっきりすると言うことにも気が付きました。「不登校問題は制度公害だ」と言う教育学者の話に納得しました。私たちの暮らしの中に、敗戦の名残がたくさんあると言うことに気が付きました。

 

丁寧に丁寧に、日本の社会をより良い社会にするために何ができるかと考えて、多様な学び保障法(現在の教育機会確保法。2017年2月に施行されました。)の法案作りの勉強会にも参加していました。多様に学び育つ子どもたちとその家族が、精神的にマイナスの状態に落ち込んでからスタートするのは、社会としては損失しかないのではないかと考えました。

子ども1人につき必ず2親いるのですから、彼らが(つまりは私達が)ひどく傷ついたり、傷つけあったりするような構造に、力を与えるのはやめようと思いました。

そこで私は不登校と言う学校基準の考え方を手放しました。

親の責任として、子ども達が健やかに成長し、社会に出て働けるように、幸せな家庭を築けるようにと焦点を定めて、時間と労力を使ってきました。

 

なので、不登校について悩んだ事はありません。

一方私の子どもたちは、そんな母親のせいでフリースクールや学校でお友達と話していて、戸惑うこともあったようです。

 

 

*子どもの健やかな成長を基準に

正直なところ、私は今という時代は一人ひとりに使える時間が多くあったほうがいいと思っています。

変化も大きく、可能性も大きく開いています。

私たちの使っている道具、パソコンやタブレットやスマートフォンといった便利な道具とそこで配信されている内容は、私たちの暮らしのあらゆるシーンを変えていきます。

 

もう11年も前、次男が小学校に上がる時、ノートパソコン本体とランドセルが同じ値段で家電量販店に並びました。もちろん、そのノートパソコンにソフトを入れると10万円くらいにはなるのですが。私は衝撃を受けました。これからは子ども達も1人1台パソコンを持つような時代ではないかと思いました。そしてそれ以上の事態になりました。

もちろん、大人たち同様子どもたちにとっても、コンピューターのやり過ぎは、目や体に良くないことがあり、上手に付き合っていかなくてはなりません。

 

私は自由教育の中で、彼らが出会っていくものが面白くて好きでした。

こんな私の考えに共感してくれるママ友達と私は、子どもが小学生の頃から学校に行かなくなったことを、学校基準で不登校として考え、いけないこととして悩むのではなく、子どもの健やかな成長と健やかな家族関係を基準に子どもと向き合ってきました。

それはわがままや開き直りではないんです。もちろん嫌な思いをすることもあれば、不安を感じることもありました。

 

そうこうしながら10年ほど経ちました。子どもたちが同世代のママ友達のところは、うちもそうですけど、上の子達が働き出したり、大学に行ったりしています。下の子たちはその姿を見ています。

 

 

 

*サポートするという誓い

私は子ども達の祖父母と喧嘩する代わりに、理解してもらえないことを嘆く代わりに、誓うと言うことをしました。自由教育の学校に育つ子ども達を、成人するまでしっかりとサポートすると言う誓いです。

 

そんなふうに言うと立派に聞こえるかもしれませんが、サポートするのもなかなか大変で、私は学費を用意するために必死で働いて、プリントの提出期限を度々忘れてご迷惑をかけたりしているのですけれども…。

 

つまりは一生懸命子育てしてますがたいしたことはできていないのです。日常はバタバタです。

祖父母にもお世話になり、スクールにもお世話になり、学費軽減の制度にも、大変助けられています。

 

助けてもらえたからやってこれました。学校がどうたらこうたらの前に、私は親で、子どもを育てています。地域社会に暮らす一員であると言うことを忘れたことはありません。

 

 

*大丈夫なように

そろそろ今回いただいたお題に答える形でまとめたいと思います。

「小学校から不登校で大丈夫?」と面と向かって聞かれたら、「大丈夫なように努力するしかないよねー」と、苦笑いすると思います。

 

大切にしたのは、心を整えていることで、必要以上に責められることも、必要以上に戦うこともしないでいることでした。なかなか難しいけれど、心身を病んでいては子育てできませんもんね。

 

子どもは小学校には通わなかったけれど、地域社会に暮らして子育てしてるという気持ちだけは持ってやってきました。

やがて大人になり、地域社会に出て働く子ども達が、社会に恐怖したり、縮こまらないでいられるように。

祖父母や親戚がなんと言おうと、私自身が社会を否定することも社会に否定されることもなく子育てしてきたというのが、私の子育て体験です。

 

今回はこのような機会をいただきまして、ありがとうございました。

 

千葉県野田市在住 木村さん

木村さんありがとうございました。

フリースクールに関わっているお子さんたちは笑顔いっぱいで、本当にのびのびと成長しています。

これからも、社会を否定することも社会に否定されることもなく生きていくお手伝いができたらなと、思っています。

 

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