【学校がつらいならフリースクールがあるよ】第十一回

「簡単ではなくとも、あなたの在り方も私自身も互いに尊重しながら生きていきたい。」

【学校がつらいならフリースクールがあるよ】第十一回の今回は

東京シューレOGで「株式会社創造集団440Hz」代表の、石本恵美さんに書いていただきます。

貴重な不登校体験談と、大人になった今のお話、ぜひお読みください。

~前編~

・自己紹介

初めまして、石本恵美(いしもとめぐみ)と申します。千葉県柏市出身です。

私は中学2年生で学校に行かなくなり、フリースクール・東京シューレで10代の4年間を過ごしました。

その後、東京シューレの部門の1つ、シューレ大学(shureuniv.org「自分からはじまる」表現と学びの場)で学びました。

 今は、創造集団440Hz(http://creators440.org/)という名の会社をシューレ大学の仲間と立ち上げ、共に働いています。

440Hzは映像とデザインを手がける社会的企業で、私は主に映像制作の仕事を担当しています。

撮影中の石本恵美さん

・私が不登校になった理由

 私が不登校になった主な理由は、中学2年のある日に突然、クラスで話せる友人が一人もいなくなってしまったことです。

休み時間などはいつも一緒にいた女の子が、ある日を境にまったく口を聞いてくれなくなったのです。

私はその理由も聞けないまま、ぽつんといるようになりました。それからは「教室の中でどうしたら1人にならないですむのか」、ということで毎日頭がいっぱいになり、学校に通うことが徐々にしんどくなりました。

その頃から私は頭痛や腹痛を訴えるようになり休みがちになりましたが、病院で検査をしても、異常は見つかりませんでした。

 幸いだったのは、そんな私を見た母が「つらいならしばらく休んだら?」と言ってくれたことです。

私は母とは小さい頃から、一番の友人のように何でも話す間柄で、嬉しいことも悲しいことも何でも話していました。なので、私の気持ちや状態を母はよくわかっていて、そのように言ってくれたのだろうと思います。

その後、中2の冬休みには、なんとか宿題は済ませたものの、始業式の日を迎えるのに不安で胸がドキドキしていました。

そして3学期が始まる直前、いつものように腹痛をわずらったことから、始業式の日を境に、1日も学校に行かなくなりました。

・東京シューレに入る

シューレのことは以前から、母が奥地圭子さんの本を読んでいたので知っていました。

私は「学校に行かない僕から学校に行かない君へ」(http://www.kyouikushiryo.com/genre01/boku-kimi.html)という、

当時のシューレの子ども達の手記を読んで、学校に行かない人たちが、いったいどんな気持ちで、どんな日々を送っているのか、関心を持ちました。

石本さんの読んだ「学校に行かない僕から学校に行かない君へ」

 初めてシューレに行った日のことはよく覚えています。

「年齢が1つでも上の人には敬語を使わなくてはいけない」なんて気にしなくてもよいとか、男の子と女の子がふつうに仲がよいこととか、年の離れた子同士が一緒に川原で走り回って遊んでいるのを見て、初めての場に緊張しつつ、ある種のカルチャーショックに感動を覚えていました。

 そして「学校に行きたくなければ無理して行かなくてもいいんだよ」というシューレのメッセージにすごくほっとして、私が選びたい価値観はこれだ! と思いました。

~後編に続きます⇒後編

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8月と9月に、「学校がつらいならフリースクールがあるよ」と題して

特集記事をブログ上で連載しています。

流山シューレでは8月29日(月)から、開放居場所として見学・相談を受け入れています。

さらに、10月7日(金)10:00~流山シューレにて説明会を行います。

ご興味のある方は、ぜひご連絡下さい。

〔流山シューレ〕

TEL 047-199-7141

(平日10:00~17:00 水曜日のみ13:00~17:00)

mail nagareyama@www.shure.or.jp



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